法政大学 坂爪 洋美氏 従業員の価値観を揺さぶり視野を広げる配置が必要では

適材適所を考える上で1つ重要なのが、「キャリアデザイン」と「キャリア支援」だ。個人は自分の適性や志向をどう捉えたらよいのか。一方で、採用・配置・異動の際、人事やマネジャーは多様な個人にどう向き合えばよいのか。働き方の多様化に詳しい坂爪洋美氏に伺った。


個人の適性は個人が短絡的に判断できるものではない

結論から言えば、私は、今企業の人事やマネジャーに求められているのは、従業員の価値観を揺さぶり、視野を広げるような配置・異動だと考えています。そのためには、「個別のキャリア支援」が必要です。例えば、守りに入っている従業員は、挑戦が必要なポジションへ異動させて背中を押す一方で、うまくいかないことがあるとすぐに配置転換を申し出る従業員は、あえて同じ部署にとどまらせて、地に足をつけたキャリア観を身につけるよう促すのです。

なぜ私がそうした主張をするかといえば、第1に、適性は、自分よりも周囲の方が見えていることが案外多いからです。その証拠に、世の中には「得意と好きが違う」ことが珍しくありません。あまり好きでない仕事で認められたり、好きだけれど評価されなかったりするケースをご存じの人事の方は多いはずです。それは、好き嫌いを判断するのは本人で、適性を判断するのは主に周囲だからです。第2に、その仕事が得意かどうか、好きかどうかは、少なくとも2、3年は続けなければ見えません。数年間の辛い経験が、5年後、10年後に花開くこともよくあります。仕事には「適応期間」が必要なのです。つまり、個人の適性は、個人が短絡的に判断できるものではないのです。

それにもかかわらず、困ったことに、学生や若者の多くは、自らの手で自己理解を深め、キャリアデザインをしなければならないと思いすぎています。実は、これはリスクの大きいことです。なぜなら、キャリアの可能性を閉ざしてしまうかもしれないからです。とても達成できないと思うことや、全然やりたくないことを任されたけれど、やってみたら意外とできた、面白かったという経験談が、世の中には溢れています。キャリアデザインを自己完結させると、そうした偶然のチャンスを排除しかねません。また、学生や若者が1人でキャリアデザインをすると、不安を減らそうとして、誤った安定志向に陥りがちです。

だからこそ、人事やマネジャーが個別のキャリア支援に乗り出す必要があるのです。キャリアは個人だけで創り上げるものではなく、何かしら外部の力が加わって、初めてでき上がるものです。従業員に対して上手に「外部の力」を加えるのが、人事・マネジャーの仕事の1つなのです。

もちろん、自分でキャリアデザインをすること自体は良いことです。ただ、その際には、周囲から「多様なフィードバック」を得ることをお勧めします。フィードバックは多様性が重要で、例えば、学生が同年代の友達からのアドバイスだけをいくら積み上げても、あまり意味がありません。立場、職業、年齢などの違う方々から、さまざまな角度のフィードバックを得ることが大切なのです。そのなかに、きっと想定外で的を射た「耳の痛いフィードバック」が混じっています。それを聞き入れることで、キャリアデザインは初めて充実するのです。

多様なフィードバックを継続的に受け、さまざまな職場で経験を積んで成長し、30代・40代にもなれば、選択肢が狭まりますし、自分の適性や好き嫌いのデコボコも分かってきますから、徐々に独力でキャリアデザインできるようになります。しかし、少なくともそうなるまでは、人事や上司のキャリア支援は欠かせないと思います。

成長しなくなったら新たな転機に向かった方がよい

別の言い方をすれば、就職・転職・異動などの「転機」は、チャンスであると同時に、危機でもあります。自分の存在が揺さぶられるような危険があるからこそ、私たちは成長できるわけで、チャンスと危機は常に表裏一体なのです。

キャリアで最も重要なのは、「成長」です。若手でもベテランでも、そこでは成長しないと思ったら、異動・昇進・転職などで新たな転機に向かった方がよいというのが私の持論です。そして、その転機を用意するのが、人事やマネジャーの大事な役割だと思うのです。働き方の多様化というと、どうしても個人の顕在化したニーズに合わせた働き方を促す方向に行きがちですが、その一方で、従業員の価値観に揺さぶりをかけ、視野を広げながら、その都度ニーズを確認していくことが、一人ひとりを成長させる上で重要なのです。

「適応期間」が何よりも従業員のキャリアに欠かせない

その意味で、「適材適所」は、誤解を生みかねない言葉だと感じています。就職・転職・異動の際、私たちには、その仕事や職場に適応する期間が必要です。最初からいきなりフィットして成果を出せるケースなど、ほとんどありません。私たちは慣れない職場で慣れない仕事をするなかで、さまざまな経験を積み、小さなミスを何度も犯しながら、少しずつ適応し、成果を出せるようになっていくのです。それが職場での成長です。

適材適所という言葉には、その適応期間をゼロにするのがよいと聞こえてしまう危険性がありますが、事実は逆で、適応期間こそが、何よりも従業員のキャリア=成長に欠かせないのです。そして、本当の適材適所を実現するには、十分な適応期間と小さなミスを許容できる文化が必要なのです。なお、適応期間は会社・職種・個人などで大きく異なり、ひとくくりには語れません。

つまり、適材適所とは本来動的なもので、それを静的だと勘違いすると、従業員の成長の機会を奪い、長期的には個人にも組織にも悪影響をもたらしかねないのです。ぜひ、個人の将来を見据えた「動的な適材適所」を進めていただけたらと思います。

【text:米川青馬】


※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.49特集1「適材適所 偶発をデザインする」より抜粋・一部修正したものです。
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※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。


PROFILE
坂爪 洋美(さかづめ ひろみ)氏
法政大学 キャリアデザイン学部 教授

1989年慶應義塾大学文学部卒業。人材紹介業勤務を経て、1996年慶應義塾大学大学院社会学研究科修士課程修了。2001年慶應義塾大学大学院経営管理研究科博士課程単位取得退学。和光大学人間関係学部教授などを経て、2015年より現職。専門は産業・組織心理学、人材マネジメント。

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